の黄金《きん》の絵の具をつかったより黄いろと茶いろをかきまぜて塗ったときのほう、かえって黄金《きん》以上の黄金《きん》いろたり得ると知ったことも、次郎吉にとってはまこと愉しき一大発見だった。
かくて始めて知った「色」というものの、蠱惑《こわく》よ、秘密よ、不可思議よ――虹の世界へ島流しに遭った童子のように次郎吉は、日夜をひたすらに瞠目し、感嘆し、驚喜していた。
……癇癪《かんしゃく》持らしく頬のこけたそのころ六十近い師匠の国芳は、朝から晩までガブガブ茶碗酒ばかり呻っていて、滅多に仕事をしなかった。溜め放題仕事を溜めて、お勝手|許《もと》に一文の蓄えもなくなったと見てとると、ここぞとばかり仕事をはじめた。二枚、三枚、四枚、五枚――いままでの怠け放題怠けていたのを一挙に取り戻すかとばかり国芳は、あたかも鬼が煎餅を噛むようにぐんぐん片ッ端から片づけていった、あるいは武者絵を、あるいは名所絵を、あるいは草双紙合巻の挿絵を。
どれもこれもが北斎もどきの、いかにも豪勇無双の淋漓《りんり》たる画風のものばかりだった。国芳日頃の酔中の大気焔は、凝ってことごとくこの画中の武者が勇姿となるかとおもわ
前へ
次へ
全268ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング