門へでも入らしめたかったくらいなのだが、これは先方が無暗《むやみ》の者を弟子に採らなかったので、とりあえず、つて[#「つて」に傍点]を求めて町絵師ではあるが、美人画や芝居絵よりも武者絵を得意としている国芳を選んで住み込ませたのだった。
……さすがに、この世界はおもしろかった、次郎吉にも。
お寺はもちろん、いままでの石屋や八百屋や両替屋や魚屋と比べては罰が当るとおもうくらい、愉しくもあれば生甲斐も感じられた。
舌であらわすことと筆もて描くことと、そこに違いはあるとしても、「芸」の玄妙不可思議な醍醐味に変りはなかった。もし自分のめざして止まない落語家の世界を品川の海としても、これはたしかにすみだ川を抜手を切って泳いでゆくくらいの愉しさはあった。「自分」という魚はここにおいて初めておおどか[#「おおどか」に傍点]に心置きなく呼吸というものを許されたのだった。まず黄いろと藍とを溶け合わしたときほととぎす啼く青葉若葉の光りのいろの、たちまちそこにあらわれきたる面白さ。次いで赤と藍とを混ぜ合わしたとき、由縁も江戸の助六が大鉢巻の紫をそのままそこに、髣髴たらしめ得るありがたさ。まった、ほんもの
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