してはまたゆきつき、じれったいほどどうどうめぐりばかりしては自分で自分の心持を持て余しているのだった。
「……フーム……フーム……」
難解な考案の前に相対した禅僧のごとく玄正は、またしても微かな呻り声を二度三度と洩らしていた。
「……」
さあもうどうにでも勝手に料理しておくんなさいと心で大手をひろげて次郎吉は、いつの間にか枕へ顔を押付けたまんま薄目をひらきときどきチラリチラリとその義兄の当惑顔を盗み見していた、少し惨忍な快感にさえ駆られながら。
かくて――。
芸以外に好きなものはない、およそ芸のほか一切のものには何らの興味も情熱も生命すらも感じられない。不憫にもこう深く深く信じて止まない次郎吉のため、ついに玄正は初一念をひるがえした。そうして快く「芸」の大野原へと放《はな》ちやった。
といっても、それは落語家の世界では決してなかった。
あくる年の春早々、次郎吉の病癒ゆるを待って当時豪放豪快な画風を以て江戸八百八町に名を諷われていた浮世絵師|一勇齋国芳《いちゆうさいくによし》――その国芳の玄冶店《げんやだな》の住居へと、内弟子に預けたのだった。玄正としては本来ならば狩野某の
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