どないといってもいいだろう。
 早い話が、この自分だ。
 この自分の出家志願だ。
 随分、風変りにも程があるが、無理矢理出家してしまったればこそ、いまだ若僧の身分ではあるが、法の道の深さありがたさは身にしみじみと滲みわたり今やようやく前途一縷の光明をさえみいだすことができそうになっているではないか。
 では、汝、玄正よ、この弟にもここは一番|清水《きよみず》の舞台から飛び下りたつもりで、おつけ[#「おつけ」に傍点]晴れて好き好む芸人修業、落語家修業をさせてやろうか。
 ……そこまで考え詰めてみては、さて落語家――寄席芸人という奇天烈《きてれつ》な門構えの前までやってくると、妙に玄正の心はグッタリと萎えてしまい、思い切ってその門叩き、中へ入れてやるだけの了見にはならなくなってしまうのだった。
 しかし、しかし、何べんも最前から繰り返すように、全く人間は好きな道以外、出世の蔓は求められないものとすれば……。
 そうしてそれが唯一絶対の真理だとすれば。
 ああ、この自分は今の今、一体どうしたらばよいというのだ。
 幾度か幾度かこうして玄正の心は、ゆきつくところまでゆきついては後戻りし、後戻り
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