でもなかったのだ、この弟は。
 ただ進もうとするその地点が、自分たちの考え方とは全くちがっているだけで、その道へたいしては律義真ッ法な奴だったのだ。偽だ偽だとあざ笑っていた掌中の石塊《いしくれ》が、あに図らんや小粒ながらもほんとの黄金《きん》だと分ったような大いなる驚異を感じないわけにはゆかなかった。
 だとしたら、ではいっそ芸人にしてやるか、こんなにも本人が望んでいるように。
 否――と、さすがにそれは心に応じ兼ねるものがあった。
 深川の商人《あきんど》の家に生まれながら、なぜか子供のときから、仏門が好きで遊びひとつするにも袈裟衣を身にまとう真似ばかりしていて、ついにほんものの出家とまでなってしまったくらいの玄正には、いくら次郎吉の切なるまごころのほどは分ったとしても、しょせんが三味線太鼓で日をおくる寄席芸人の世界など無間地獄のトバ口くらいにしか考えられないのだった。
 でも――ハッキリ本人は、芸以外の何物にも情熱をみいだすことはできないといい切っている。
 およそこの世に人と生まれ、好きこそものの上手なれ、好んで己のめざす世界以外で立身出世なしとげた者はあまりあるまい。
 ほとん
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