を伸ばしてちぢかまっている次郎吉の首根っ子をあわや掴まえようとした。
「ま、待った、師匠」
 あわてて番頭、遮ると、
「待って……まあ待ってったら圓太郎さん」
「う、うっちゃっといておくんなせえ、いいえこんな……こんな盗人《ぬすっと》野郎。そ、そこの不忍の池へ叩ッ込んで、む、貉《むじな》の餌食にでもしてやらなきゃ」
「いい加減におし圓太郎さんてば」
 今度はあやうくふきだしそうにさえなりながら番頭、
「人《しと》……。不忍の池の中に貉がいるかえ」
「ア、違《ちげ》えねえ、狸だ」
「狸もいないよ水ン中にゃ」
「じゃ何でしょう」
「私に訊く奴がありますかえ」
 呆れ返って、
「いおうならお前さんそれも獺《かわうそ》だろう」
「ウ、それだ、ソ、その獺の餌食にしなけりゃ、こ、この私《あっし》の……胸が、胸が……」
 またもや次郎吉のほうへのしかかっていこうとする腕へ、ぶら下がるようにつかまって、
「いやだてばそう早合点をしちまっちゃ、お前さん。いいえ……いいえさ、何もそんな大それた、この子がお店のお銭《あし》へ手をかけたっていうのじゃない」
「だ、だって現に……現にこの通り番頭《ばんつ》さん」
前へ 次へ
全268ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング