にビラ字|擬《まが》いで落語家の名がひとつひとつ記されているにおいておや。
「次郎吉の仕業だろう、何だってこんな下らないものをこさえるんだ」
さんざん小っぴどく叱られて恐れ入り、どうやらその晩だけは許されたが、また二、三日して小銭の出し入れを見ていると酒好きが酒屋の前を通ったようにまた次郎吉は、心のどこかがしきりにむず痒くなってきた。しらずしらずにまたお草紙のお古を小さく切り、しらずしらずにまたその中へお銭を包み、しらずしらずにまた落語家の名前を書き、しらずしらずにまたその中の一番重いのへ父圓太郎の名をその次の少し重いのへ自分の芸名を書いては、パタンと金箱の中へ放り込んではしまうことが仕方がなかった。
そのたびみつかっては叱られ、またみつかってはまた叱られ、こうしたことが七日《ひとまわり》ほどのうちに三度も重なっただろうか、とうとうある日、父親の圓太郎が呼びつけられた。
「エーあの、何ともはや御勘弁を。忰めがあのどんな不都合を働きましたんでござんしょうか。ヘイ、ヘイ、申し訳ござんせんまことに」
もう花もほころびようぽかぽかとした午前、性急《せっかち》で汗っかきの圓太郎は丸顔いっぱ
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