分の芸名を書いたものもあった。ほかの人たちのより少し余分のおあしが包まれていた、自分のほうが弟弟子なのに。
 一番大きく重い紙包みには、圓太郎御師様と特別に筆太に書かれてあった。即ち、自分の父親の分だった。
 くどくもいうとおり次郎吉、決してこれらのお銭《あし》をいちいち自分のものにしようのどうしようというのじゃなかったが、ただ、青黒く燻《くす》んだお銭を見ると、本能的に小さな紙包みをこしらえてはお銭を包み、その上へ連中の名前があれこれ[#「あれこれ」に傍点]と書きたくなるのだった。
 何人分かのを残らず書き上げるともうそれですっかり気がすんでしまう次郎吉は、ことごとくそれらを元の帳場格子の中の銭箱へと放り込んで顧みなかった。
 毎晩々々こんなことがつづいた。
 十何日目かには金箱の中いっぱい、それぞれの名をしたためた落語家の給金包み――即ちおわり[#「おわり」に傍点]で盛り上がってしまっていた。
「な、何だい、こりゃ」
 急に小銭の入用があって開けてみた大番頭さんが、アッと吃驚《びっくり》した。
 両替屋稼業が店中の小銭を片ッ端から紙片へ包まれてしまっては始末にわるい、いわんやその上
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