ず、長押《なげし》といわず、欄間といわず、そこらのもの片っ端から滅多斬りに斬りまくってしまいたいくらいだった。まさかにそれもできないで、ジッとこうやっている圓朝の膝頭はしきりにワナワナ慄えていた。めもけ[#「めもけ」に傍点]に雨が屋根を叩いてきた。それだけが唯ひとつのたよりある現実として身近に大きく聞こえていた。
「いまに江戸中が火の海になるともいいますし」
また小糸がいつになく口早に、
「大砲《おおづつ》で権現堂の堰を壊してお江戸を水浸しにしてしまうともいいますし……聞いていて私、何だか自棄《やけ》になりそうで困ってしまった」
幾度か、しなやかな指で瞼を押さえていた。
「ま、しかし」
やがてのことに圓朝は、
「随分いろいろいうだろう、世間は。どこ迄がほんとうだか、どこ迄が嘘だか、いってる本人にさえ、まだ分ってはいないのだ。それを、いちいち真《ま》に受けて考えつづけてみたところではじまらない」
ネ、そうだろうとばかり顔を見て、
「だからもう戸閉りを厳重に、火の用心をよくして。今夜はきよ[#「きよ」に傍点]もいっしょにここへ寝かしておやんなさい、お前の傍へ」
きよとは女中の名前
前へ
次へ
全268ページ中259ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング