ろにおいても。
そうしてそのこと唯ひとつが、およそ圓朝にとっては生きていく上の喜び愉しみ苦しみ悲しみあらゆるものではあったのだった。
小糸謂うところのどうにも手のつけられない機嫌の悪い処置振りをしては、やがてその二階で「鏡ヶ池操松影《かがみがいけみさおのまつかげ》」江戸屋怪談の腹案を纏めた。「座頭浦繁《ざとううらしげ》」の怪談をこしらえ上げた。
まだ高座へかける迄には一年以上もかかりそうだったけれど、とまれそのそれぞれの労作をおえたことだけでひたすら圓朝は嬉しかった。前にもいった通り、その書き物をおえた一瞬間のほうが上演をおわったときよりも、あるいは喜びは大きいといってもいいかも知れない。同時に「おみよ新助」のことにして「牡丹燈籠」のことにして作品の出来不出来より作者自身の筆の馴れ、ドッシリと腰の坐り具合の感じられてきたことをいよいよ喜ばないわけにはゆかなかった。だけにひと仕事おわると、それ迄の何日かの不機嫌の取返しのように心から圓朝は、小糸の上をいたわった。慈しんでやった。
そうこうするうちにまたそれから一年目の圓朝三十歳の初夏《はつなつ》がきた。慶応四年だった。いよいよ世間
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