るよ、俺にゃお前の心持が。やんねえ遠慮なくやんねえ、誰になんの気兼もなく。飽きる迄、やってやってやり通すことだ」
さらにまたさらにこうも元気をつけてくれた。
二十六、二十七、二十八歳といよいよ強っ気に圓朝は、心ひとすじ馬車馬のように、思いの路を駆り立てていくことができた。
いよいよ自分という雪達磨が転がせばころがすほどに大きく大きくなりまさっていった。
山なす毀誉褒貶《きよほうへん》も何のその、かくて両国|垢離場《こりば》の昼席とて第一流人以外は出演できなかった寄席の昼興行の、それも真打《とり》を勤めることと、圓朝はなったのだった。しかも毎日五百人以上、嘘のような大入りがそこにつづいた。またしても弟子入りを望む者、あとからあとから絶えなかった。あまりのことの嬉しさに何べんも何べんも初代圓生のお寺へいった。そしては墓前に報告をした、おかげで三遊派もこんなに盛り返してまいりました、と。もちろん、昔あれほど気に病んでいたお線香代のほかのお心付けも、もうこのごろでは師匠こんなに頂いてはと寺男が痛み入るほど莫大にやることができるようになっていた。
まず何もかもこれで――。
心の底のま
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