手振り身振り鮮やかに、運びおもしろく、鮮やかに「芸」としても尾鰭というものがついてきていた。
二十三、二十四、二十五歳と真打席のない月はほとんどなかった。
弟子たちも目に見えて増えてきて、もう十人ちかい屈強の男たちが絶えず代地の家に寝泊りしていた。いくら物価《ものなり》の安かったそのころでも、働き盛りの若い者をこうたくさん置いていてはたまらない。かてて加えて人気の昇るに従ってつきあいは日一日と派手にしなければならない。反対にお台所のほうは日一日と苦しくなってゆくことが仕方なかった。四方八方、借金だらけ。それをひとつ返してはまた二つ借りるという風に、苦肉の策をめぐらしつづけていった。
「苦しいだろうお前借りにきなよ」
いつもこういいだしては快くお金を貸してくれたのは文楽師匠だった。
「いいよいいよ返さなくても、それよりときどき俺が座敷を頼んでそのお銭《あし》で引いていくから、そのほうが返しいいだろうお前だって」
さらにこんな分ったことさえもいって、絶えずなにがしかを融通してくれた。どんなにどんなに助かったことだろう、それが。かつて師匠圓生のいる四谷のほうへ足向けては寝ないと誓った
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