ったこともかえって自分には親しめたし、お菜もたとい塩鮭半分でも壁になりそうなお雑炊のことをおもえば、千両だった。
 つい七日い、十日いた。
「次郎吉。歳暮に廻ってくる、俺とおッ嬶《かあ》と手分けして」
 しぐれそうな日の午後、他所行《よそゆき》に着替えた御主人がにこやかにいった。後にお神さんも一帳羅を着てめかしていた。
「秀は秀で石燈籠のことで万定さんへいま伺わせるからお前、ひとりで留守番をしてな、いいか」
「ヘイ」
 コクリと次郎吉は肯いた。秀とは、兄弟子のことだった。これも早いところ仕度をして、番傘片手に裏口のほうからでてきて待っていた。
「じゃ頼んだぜ、店を」
「お願いするよ」
「じゃオイ、いって」
 主人夫婦と兄弟子とは店をでるとすぐ三方へ、ばらばらに別れていってしまった。
 あぐねたような曇り日の下《もと》、次第に三人の姿のそれぞれにそれぞれの方角で小さくなってゆくおもての景色を、ボンヤリ上り框《かまち》へ腰を掛けて次郎吉は見送っていた。どこか遠くから景勝《かんかち》団子の太鼓の音が聞こえてきて、すぐやんでしまった。
 そうだ。ひとつこの間に稽古してみよう。
 親方から石の刻
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