口をモグモグした。法返しが付かないてのはこのことだろう、自分で自分のからだ[#「からだ」に傍点]のどこに何がどうあるか分らないほどだった。夢中でいたり立ったり坐ったりしていたが、やっぱりいつ迄もいつ迄もジーッと立ちはだかったまま睨み付けている義兄の手前何とも型《かたち》がつかなくなると、てれ[#「てれ」に傍点]かくしにまた取って付けたような声音《こわね》で、
「観自……観自……観自在菩薩」
「い、いい加減にしろ」
堪り兼ねて玄正が、ピューッと握り拳固めて、荒々しく飛び込んできた。その握り拳が、次郎吉には大きいとも何とも畳半畳敷くらいに見えた。
「ご、ごめんなさい」
まだ撲られないうちに次郎吉は目を廻していた。
四
その日のうちにかえされて、それから四、五日家にいると、今度は根津のほうの石屋へ奉公にやられた。
これは親方も江戸っ子なら、お神さんはすぐ近所の根津の中店《ちゅうみせ》にいた人だとかで、家中物分りがよかった。やはり江戸っ子で深川の生まれとか人の好さそうな兄弟子が一人いた。
お寺よりかいい。
きた当座、心から次郎吉はそうおもった。
御主人夫婦の鉄火だ
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