いた趣向。
「ウ、こりゃあいい」
「猿若町まで行かねえでも手近の寄席で、芝居見ている了見になれらあ」
 口々にお客は賞めそやした。
 大江戸へ日に三千両落ちる金は、一に魚河岸、二に花街として、三は三座の芝居街と定められていた時代、それほど芝居というものがハッキリ市民憧憬渇仰の王座たりし時代、この圓朝が芝居仕立の試みはたしかに時代の要求にピッタリはまった。
 果然――。
 二日目は初晩より、三日目はまた二日目の晩より、目に見えてお客が増えていった。ことごとくそれが熱狂した。
 大看板は別として、同じくらいの落語家は、ちょいと圓朝の鳴物噺のあとへはとっ付けないまでに喜ばれた。
 お湯屋……髪結床……水茶屋……そこかしこで、圓朝の鳴物噺の噂がでていた。身振り可笑しくその真似をして女子たちを笑わせているお客を、湯屋の二階で見かけることも一再ではないようになった。
 評判また評判。
 二十一歳の春。
 ついに待望の日がそこにおとずれてきた。


     二

 青山南町の久保本という中流の寄席だったが、そこから一月の下席《しもせき》、圓朝の道具噺を真打《とり》にして打ってみたいという交渉があっ
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