「坊主に簪《かんざし》さし場がない、畑に蛤掘ってもない」と傍らの小木魚叩いて歌いだしてしまうところだった。
「真耳鼻舌身意《けんにびぜつしんい》も無く、色馨香味触法《しきしょうこうみそくほう》も無く、眼界《げんかい》も無く、乃至《ないし》、意識界も無く、無明《むみょう》も無く、また無明の尽くることもなく……」
 いけない、いよいよないものづくし、だ。
「乃至《ないし》老死《ろうし》も無く、また老死の尽くることも無く、苦集滅道《くしゅうめつどう》もなく、智も無く、また得《とく》も無し、所得無きを以ての故に」
 どうしてこう逆らってちょぼくれ仕立になってくるんだろう。このお経の文句はますます、小木魚が叩きたいよ。
「……菩提薩※[#「土へん+垂」、第3水準1−15−51]《ぼだいさった》、般若波羅蜜多に依るが故に、心《しん》※[#「罘」の「不」に代えて「圭」、第4水準2−84−77]礙《けげ》無し、※[#「罘」の「不」に代えて「圭」、第4水準2−84−77]礙無きが故に、恐怖《くふ》有ること無し」
 うわーッ、な、何てだだら長いないものづくし[#「ないものづくし」に傍点]だ。音を上げて次郎
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