りへとでてきたことは、自分の人生もようやく裏から表へとでてきたようでうれしかった。
張り切っていよいよ圓朝は勉強した。
暇さえあると他の噺を、講釈を、猿若町の芝居へさえ、始終《しょっちゅう》でかけてゆくようになった。そうしては自分の芸の明るく色好く「紫」たることをいやが上にも苦労し、工夫し、砕心してやまなかった。
論より証拠、日一日と圓朝の芸が、パーッと明るく派手やかになっていった、たとえればあのお正月の繭玉の枝々のごとく。
よいときにはよいことがつづく。
そこへ永年、音信不通だった父親の橘家圓太郎が、ヒョッコリ旅からかえってきた。
旅から旅の風塵にまみれた圓太郎は、もう昔のようなだらしのない道楽者ではなくなって、見るからに好々爺然たる枯れ桜のような風貌と変っていた。
無人の三遊派では喜び迎えて、圓太郎を、こよなき重宝役者とした。
父の圓太郎と母のおすみを七軒町の新宅へのこして圓朝は、浅草|茅《かや》町の小間物屋の裏へ引き移った。
この間、越した家よりやや小さかったけれど、普請が新しく、裏の窓を開けると、濃い龍胆《りんどう》いろにすみだ川がながれていた。その川面へ、向
前へ
次へ
全268ページ中159ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング