ば、もちろんその赤ではいけないのだけれど、さりとて青だけでもまた侘びし過ぎる。
 そこへいくとこの文楽師匠は赤でなし、青でなし、巧緻に両者を混ぜ合わせた菖蒲《あやめ》、鳶尾《いちはつ》草、杜若《かきつばた》――クッキリと艶《あで》に美しい紫といえよう。
 ああ、それにつけてもいと切におもわずにはいられない、下らなく悪騒々しい連中は速やかにうちの師匠のような本格の青さを加えて紫の花香もめでたく。噺に陰影《かげ》を添えることだ。
 同時に、噺の筋はたしかだが青ひといろで陰気だと鼻つまみにされている面々は、これまた適当に赤を混ぜることだ。そのとき各々の人たちの芸はそれぞれ皆はじめて画竜点睛、ポッカリと江戸紫の花咲きそめることだろう。
 とするとどうだ、この私は。
 青――あまりにも青だった。
 土台の私自身の「芸」が青のところへ、師匠の青を混ぜ合わしている。だから生来の青は青のままいよいよ深きを加え、あるいは紺となり、あるいは藍となり、あるいはまた萌黄となり、どこ迄いっても要するに陰、陰、陰の連続だった。
 いけない、これでは。
 いかでかそんなことで、まこと愉しめる「芸」というものが、何生
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