駈け出さないでもいいようになってきた。
「ありがたいことだねえ」
 心からうれしそうに母親のおすみがいった。圓朝もほんとうにうれしかった。
 生きてゆくということの張合――しみじみとそれが感じられた。
 水ごりとっては寝るたんび、あしたの目醒めが楽しかった。辛くとも苦しくとも、何かこのごろは身の周りがよく澄んだ青空で装われているようだった。
 さて、この上の望みには――。
 またしてもある日圓朝はつくづくといってしまったのだった。
「俺、何とかして真打がとってみたい、せめてあの宮志多亭の招き行燈に入らなければ」


     四

 十八の年の九月。
 師匠が杉大門の大将にたのまれてふた月ばかり甲州のほうの親分手合のところへ、余興のようなことでたのまれていっている間、萬朝と小勇と、あとに音曲噺の桂文歌を頼んで、はじめて圓朝は真を打つこととなった。
 いまとちがってひと晩にせいぜい五人か六人しかでなかったそのころの寄席、みんなが二席ずつタップリとやれば、どうやら時間はもつことができた。
 が――。
 さすがに、目貫《めぬき》のいい寄席では、圓朝のトリなんて鼻もひっかけてはくれなかった。

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