まの掘立小屋同様の門前の茶屋へ声を掛け、勘定キチキチに小銭を置いて、逃げるように表通りへでた。
右も左も向こう側もズーッとお寺。そのひと列《つら》の土塀の上へ、いつかまたしとしと糠雨《こぬかあめ》がふりだしていた。ところどころ崩れた土塀の破れから、おそい一八《いちはつ》が花ひらいて、深むらさきに濡れていた。
どこかで鳩の声がきこえた。
筋向うの、大きな濡れ仏の見えるお寺の角を急いで曲って、天王橋のところまででてきて、はじめて圓朝は、自分を取り戻したような心持になった。
もうここまできてしまえばいい。
何もずるいことをしたってわけじゃなし、お線香代お花代それは払って、ただ余分の心づけがしてやれないってだけのことだけれど、それが不思議に苦患《ぐげん》だった。気がひけてひけてならなかった。
何かおそろしく不当なことでも仕出かしてきた自分ででもあるかのように、堪らなく何か気が咎められた。
三遊派の元祖、則ち初代圓生の祥月命日は三月二十一日。
だからちょうど去年の今月今日、則ち五月の月は変れど日は同じ二十一日に、三遊派復興のため、いしくも月詣りを発心して以来、月々二十一日、かかさ
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