ときのような我流だったらこんな深い深い世界のあることなんて分っていなかったろう。
 つくづくそうおもわないわけにはゆかなかった。ほんとうにそれは八幡の藪知らずのような、目もあや[#「あや」に傍点]にややっこしい「芸」の怪鳥《けちょう》なく深山幽谷であり、九十九折《つづらおり》だった。
 大ていの奴だったら途中で草臥《くたび》れて引き返しちまうだろう。だからなかなか本筋の、叩き鍛えた芸人ってできないわけなのだ。
 そういうことも今更しみじみと考えられた。
 考えれば考えるほど無性に師匠の上がありがたくなってきた。「師恩」という言葉がほんとうにいや深い意味もて考えられてきた。
 俺、四谷のほうを向いちゃ……。
 決して足を向けては寝ないことにした。
 ばかりか楽屋で師匠のことを少しでも悪くいう者があると、むきになってくってかかった。
「お前ンとこの師匠は人前でばかり調子がいいから、だからいや[#「いや」に傍点]さ」
 ある晩、連雀《れんじゃく》町の白梅の楽屋で浅草亭馬道がこういったときも、泣いて小圓太はつっかかって[#「つっかかって」に傍点]いって、
「分った分った俺が悪かった。お前の師匠
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