でもそれでもまだ足りなくて伝馬町の清松へまで、でかけていった。ここは古くからの講釈場だった。
 初代の田辺南龍がでた。
 同じく松林亭伯圓《しょうりんていはくえん》がでた。
 伊東|燕陵《えんりょう》がでた。
「天一坊で土蔵を建て」と川柳に唱われた初代神田伯山もでた。
 南龍は英雄豪傑の伝記に長じ、伯圓は義士伝に雄弁を振い、燕陵は義経記に一方の長を示した。
 ことに、伯山の、急かず騒がず、だれるばかりに噺を運んでいて、やがて終末へ近付くや、にわかに蘇ったような明快さでトントントンと捲し立て、アッといううちに一席読み終るその呼吸。
 誰よりも小圓太は、この人の呼吸におしえられるところ少なくなかった。なるほど「土蔵を建て」るわけだ。つくづくそう讃嘆せずにはいられなかった。
 それにつけても昼となく夜となく、落語となく人情噺となく講釈となく、むやみやたらと聴いて廻って、さて得たことは、巧い人、元より聴くべし。
 しかし、いかなる拙い人にも必ず一ヶ所や二ヶ所は、何ともいえないいいところがある。
 シッカリとそれを掴もう。
 またそのひとつやふたつのいいところすらない空っ下手の人、これはまたこ
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