れで勉強になる。
 どう勉強になるのか※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
 拙いな、ア、拙いな、また拙いなと眉をしかめて聴いていながら、その拙いところをよくようく心に銘記し、決して自分はその欠点に陥るまいと心がけることだった。
 こういう聴き方をしてゆく以上、まさに小圓太の勉強法は天下無敵、八方睨みだった。
 巧い人きたらばその長所を、吸血鬼のごとく吸い取ってしまう。
 然りしこうして拙劣この上なき奴きたらば、これは己が拙劣に陥らないための金科玉条にと身を入れて聴く。
 これではどっちへどう廻ってもドジの踏みようがなかった。
 小圓太の耳に入る噺の、講釈の、一木一草――ほんのかりそめのいと片々たる雑艸《ざっそう》までが立派に明日の糧《かて》となった。
 これあるかな。
 自分ながらうれしくて小圓太は、自分の出番以外は日を夜に継いで、いろいろさまざまの人たちの高座を聴いて歩いた。
「小圓太、お前は噺の淫乱だな」
 とうとう圓生師匠から、こう笑われてしまったほど、しんからしんじつ浮身をやつした。「芸」に瘠するの思いさえした。
「三遊亭さん。またしてもおせっかいをするようだがお前さんのところ
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