《うし》ろ幕派手やかに張りめぐらした高座の前、ぞろりとした浅黄縮緬の紋付を着た若い真打が両手を前に、ひれ[#「ひれ」に傍点]伏していた。烈しい拍手が浴びせられた。
 誰だろう圓太って。
 いまのいま心を掠めていた寂しさも忘れて圓朝、ジーッと高座をみつめた。
「…………」
 しずかに真打は顔を上げた。
「ア」
「あの野郎だ」
 期せずして圓朝が、萬朝が、低く叫んだ。
 由緒ある三遊亭圓太の名跡|襲《つ》いだは、あの代地河岸へ越してすぐ、手っぴどく小言いわれてずらかってしまった、なんとあの弟子の小勇であったのだった。
「フーム……何て……何てこったろう小勇が……」
 文字通り開いた口が塞がらなかった。ただしばらく圓朝はポカーンとしていた。
 あまり陰日向があるからとて小言をいったらすぐプーイと飛びだして、敵方の柳派の柳枝さんのところへ駈け込んでしまったというから小面憎い奴とおもい、それで師匠の風当りが悪くなったのだとばかり考えていたら、なんのなんの我が敵は正に本能寺にあり、張本人、うちの師匠のところへもぐずり込んでいって弟子にして貰った上、圓太なんて大それた名前まで貰ってしまうとは。
 今にして初めて圓朝は、久保本のすんだあと礼にいったらお神さんがでてきて、会わせてくれなかったあのとき、奥から師匠の声といっしょに聞こえてきたどこかで聞いたようだとおもったあの声の紛れもなくこの圓太ではあったことが分ってきた。
 さては、このごろ師匠の機嫌の悪いのは一にこの男のためだったか。
 あることないことこの男が自分の讒訴《ざんそ》を上げていたためだったのか。
 あとからあとからもつれて解けない謎糸の、次第にひとつずつ解けてくるものあることが圓朝に感じられてきた。
「それにしても……」
 小勇の圓太、弟子にしたとて構わないから、お前とにかく元の師匠の圓朝に詫びておいで、そうしたらいつでもうちの弟子にしてやるよ、ひと言こういっておくれでなかった師匠の上が、つくづくと怨めしかった。しかも無断で弟子にしてしまった上、だしぬけにこんな披露までさせるなんて。
「そりゃまあ、何にもせよいまの私は失敗《しくじ》っているのだから大きなこともいえないけれど」
 それにしても圓太を襲げるほど小勇、そんなに短い月日のうちに、素晴らしい腕前になってしまったのかなあ。それほど師匠、特別の仕込み方をしたのかしら。
「…………」
 あれこれとおもいめぐらしているうち、もう小勇の圓太は喋りだしていた。慌ただしい調子でまくらから本題へ。噺は師匠が久保本の初晩に喋ってしまった、圓朝にとってはおもいで怨めしい「小烏丸」だった。
「…………」
 呆れてしまった、聴いていて圓朝は。自分の耳が疑いたかった。あの厳《いか》めし屋の師匠がこんなものを。しかもこんなものに、圓太なんて由緒ある名を……。いくらそうおもってまた聴き直してみても、依然、拙過ぎるというこの男の現実は、現実だった。
 素人調子というやつ。
 てんで[#「てんで」に傍点]調子が上ずっていて板に付いていなかった。おそくあるべき間《ま》のところが早過ぎたり、かとおもうとトントンとゆくべきとこではじれったいほど「間」を持たせたりした。眼《がん》の配りもめちゃめちゃ[#「めちゃめちゃ」に傍点]だった。からっきし[#「からっきし」に傍点]それには「芸」の何たるかが分っていなかった。ということはでてくる人物の心持ちへ喰入《くいい》るすべ[#「すべ」に傍点]を露ほどもわきまえていなかった。何ともいえない哀れ惨憺たるその……。
「いやだねこれは」
 思わず萬朝を顧みて圓朝は眉をしかめた。
「コ、こんなもの師匠ごんご[#「ごんご」に傍点]……ねえ、ねえあの、ごんご[#「ごんご」に傍点]でさあ」
 このごろめっきり噺の上にも可笑しい持ち味を見せてきている萬朝が、おどけた顔付きをしていった。
「な、何だいごんご[#「ごんご」に傍点]とは」
 ほかのお客に障らないよう小さい声で圓朝が訊ねた。
「ごんごてのはホレ、ごんご……ごんご、だんだん」
 萬朝はいった。
「な、何をい……」
 笑いだして圓朝は、
「いおうならそれも言語道断だろう」
「ア、そうそうそうそう」
 とたんにいそがしく肯いた萬朝が、
「ウムそれだ、その、つまり、言語瓢箪」
「まだあんなこといって……」
 つい可笑しくて圓朝は、廻りの人たちが振り返ったほど少し大きな声で笑ってしまった。
 最前から圓太の噺、少しも受けず、一人立ち、二人立ち、かなりのお客がバラバラバラバラ立ちかけている最中だっただけ、この笑い声、いっそうお客のかえりたがっている心理へ拍車をかけたかもしれない。あわてて圓朝が袂で口を押さえたとき、いっそうドヤドヤと左右からお客が立ち上がった。
 ……間髪をいれず、そのとき背
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