年の二、三年を除いて、最大最高の人気の王座を守り通したと云ふことも、稀有なことであつたと云ひ得る。

 先づ春団治は「音」の描写に、凡そ嶄新なポンチ絵風の手法を用ゐた。ちよつと東西、他に例がない。いや、考へ付いた人位はあつたかもしれないが、春団治のやうなあのドギツイ太い声による表現以外、到底、悪くすぐりに堕するのみであることをおもひ、やめてしまつたらうとおもふ。
 泥棒が兇器で板戸を破る、その音の表現に、ベリバリ、ボリ。(「書割盗人」東京の「夏泥」)
 拍子木を鳴らす音は、カラカツチカツチ。(「二番煎じ」)
 往来に掛け廻してある竹簾のやうなものを開ける音に、カラカツチヤカツチヤカツチヤ(「へつつい盗人」)
 その竹簾がぶツ倒れ、よろけて傍らの三輪車の喇叭を押さへる音を一ぺんに表現して、ドンカラカツチカツチ、プープ(「へつつい盗人」)
 何か云はれて愕くときの「エツ」と聞き直すところを「エ」と小さく軽くやり、その「エ」につづけて深く太く腹の底まで抉るやうに「エーツ」。此は、どの噺にも与太郎や喜い公が訊き返すギヤグによく用ゐた。花柳界あたりでも、真似て日常語に使用されてゐた。この義太夫の
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