道の日本亭の楽屋で見習いになってマゴマゴしていると、三日目です。二人三人休席の者があって、前座が二度上がりをしましたが、いくらやってもあと[#「あと」に傍点]が来ません。あまりかわいそうですから私が高座へぬいである羽織を引いてこの前座を下ろし、あとへ上がって「天災」という例の八さんと隠居さんの出てくる噺を永々と演りました。するとどうやらこれがお客に聴いてもらえ、喜んで下りてくると、そのころチウチウ燕路といわれていた大看板の燕路さんがいつの間にか来ていて、たいそう私のことをほめ、お前は初めて落語家になったのじゃあるまいとこう言います。このときじつは信州ですこしとほんとうのことを言ってしまえば、そうも燕路さん感心はしなかったでしょうが、それをこっちは田舎まわりと思われるのが嫌さにどこまでもズブの素人ですと言ったため、たいそう燕路さんに感心されてしまい、お前は前座になっている落語家ではないとすぐに師匠の燕枝にはもとより、頭取《とうどり》をしていた蔵前の柳枝《りゅうし》師匠(その時分は下谷の数寄屋町にいましたが)にも話してくれて、さっそく燕花という名に改められ、前座をしないですぐ二つ目に、私は
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