で戦争最中の、寄席へ疲れを休めにおいでなさるお客さまたちにも、どうやら立派にお慰めができるようになってきたのでしょう、なによりの証拠に私が高座へ上がっていくとパチパチと迎い手が鳴り、どうかすると「待ってました」とうそにも声のかかるようにさえなってきました。こうなると皆のことを怨みに怨んでいた昨日までのことが、うそのようです。いま初めて私は私の心のなかに夜明けの鶏《とり》が東天紅と刻《とき》を告げているのがまざまざと感じられてきました。
さて、毎度、口の酸《す》っぱくなるほど申し上げておりますが、芸人はまず芸です。まず自分の芸ができて、それからおのずと人気が出てくるのです。あせってくだらなく名を売りたがったり、むやみに昔の大看板の名を襲《つ》いでみたとて、世間は案外に甘くなく、そんなことで売り出せるものじゃありません。実力――やっぱり実力です。そうしてそのほかにはなにもないといっていいでしょう。もっともあまり人間の悪いやつはただうまいだけでも売り出せませんが、ね。つまりこりゃ軍人さんだって花も実もあるお仁《ひと》でなければ、まことの軍人とはいわれない、強いばかりが武士じゃないと下世話に
前へ
次へ
全34ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング