次郎左衛門は、栄之丞の前に手を仕《つか》へて、男として一生の頼みには、どうか一ヶ月丈けこの八つ橋を、退《ひ》かせて自分の手許へ置かせて呉れ。
さうしたら、必らずお前さまと添はせて上げよう。
恥を包まず申上げるが、じつは自分が生れも付かぬ松皮疱瘡になつたため、幼いときからの許嫁《いひなづけ》は、急に縁談を、破談にして来た。
その口惜しさは、心魂に徹して忘れられない。
八つ橋花魁を、一と月でいいから、手許へ置度いと云ふのも、所詮はその許嫁を見返してやり度いばつかりだ。
どうか、どうか、栄之丞どの、分つて下されと、心から次郎左衛門頼み入ります。
そのため、一たんは承諾した宝生栄之丞でありましたが、あとでよく/\考へて見ると、やはり一ヶ月でも八つ橋を離しとも[#「とも」に傍点]ない。
可愛い男の栄之丞が反対をするので、八つ橋もその気になつて、たうとう次郎左衛門の身請《みうけ》を断ります。
男の面目をだいなし[#「だいなし」に傍点]にされた次郎左衛門、堪忍袋の緒が絶れて妖刀千手院村正、水も溜まらず斬つて棄てると云ふところから、なづけて籠釣瓶《かごつるべ》の鞘を払ひ、八つ橋、栄之丞
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