ハイ」
やがてよく冷えた焼酎と、いくつかに切つた青桃がそこへ運ばれ、遠慮なく阿波太夫は御馳走になる。
冷し焼酎と青桃。
此が又、いかにもそのころの「夏」の風物詩らしくていい。
いまとちがつて、仲間《ちうげん》か折助でなけりや当時の人たちは、滅多に焼酎なんか飲まなかつた。たゞ、夏のうち丈け、暑気払ひと称して、愛飲した。
恐らくや、栄之丞住居の裏には、はね[#「はね」に傍点]釣瓶のある掘抜き井戸があつて、けさからそこに冷やされてゐた焼酎だらう。
そして、熟《う》れながらに青い/\桃の実。
今日の水蜜桃でも、天津《てんしん》桃でもない、混りツ気のない、日本の青桃《あをもも》である。
……そのとき廓の屋根の並んで見える北空《きたぞら》は、およそ夏らしく桔梗いろに澄みに澄んで、遠く蝉の声さへ聞えてゐたらう。
四
「その晩、八つ橋の許へ取つてかへした宝生栄之丞は、やがて次郎左衛門にその姿をみつけられるやうなことになります」
やゝ早口ながら、ネツチリと、ナンドリと、含み声で伯龍は、それが癖の、上唇《うはくちびる》と下唇とをとき/″\ペロリなめ廻しながら、
「そのとき、
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