悦《そうえつ》殺しを話し出している、端然とした圓朝の高座姿を、この頃点された大天井の花|瓦斯《ガス》が青白く音立てて照らし出している。
ようやく陰影《あじ》が深まり真《まこと》の名人の境地に達してきた圓朝は、やや額が抜け上がり、四十四歳の男ざかり、別人のように落ち着きができてきていた。
四百あまりも詰まったお客は、咳《しわぶき》ひとつだにしない。膝乗り出して聴きいっている。
「……ところが、揉んでもらえば揉んでもらうほど、奥方が、
『アア痛、アア痛』
『奥や。そう、どうもヒイヒイ言っては困りますね。お前、我慢ができませんか。武士の家に生まれた者にも似合わぬ。あ、これ、そう悶えてはかえって病に負けるから、我慢していなさい』
『アア痛、……』」
打ち水をした庭で、ときどき地虫の鳴くのをよそに、いよいよ圓朝は噺をすすめた。
「……『これこれ、按摩、待て。少し待て。そう痛いワケがないが、代わりに拙者のを揉んでみろ、アッ、アッ、こ、これは痛い。なるほど、こ、これはどうもひどい下手だな。汝《てめえ》は、骨の上などを揉む奴があるものか。少しは考えてやれ、ひどく痛いワ。ああ痛い。たまらなく痛かっ
前へ
次へ
全23ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング