いた。今こそ圓朝は、江戸八百八町の人気という人気を根こそぎひとりでひっさらって仁王立ちしている自分を感じた。
ああ、この夜のこと、とわに忘れまじ。
お絲よ、花火よ。
いつか不機嫌のカラリと晴れて、圓朝は心にこう叫ぶものがあった。
ぽん、すぽん、ぽん――折から烈しい物音がして、にわかにこの辺り空も水も船も人も圓朝も、お絲も猩々緋《しょうじょうひ》のような唐紅に彩られそめたと思ったら、向こう河岸で仕掛花火の眉間尺《みけんじゃく》が、くるくる廻り出していた。
……以上を我が断章の「第一」とする。
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断章の二
「……すると十二月二十日の夜、深見新左衛門様の奥様がまたキリキリとさしこむというので呼び込んだ按摩《あんま》が、いたって年をとった痩せこけた男で、
『ヘエ、にわかめくらで誠に慣れませんから、どこが悪いとおっしゃってください。経絡《けいらく》がわかりませんから、ここを揉《も》めとおっしゃれば揉みます』
と、うしろへ廻って探り療治をいたします」
十八年の月日が流れていた。明治もはや十五年の九月の上席。下谷池之端の吹貫亭の高座に「累ヶ淵《かさねがふち》」の宗
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