ともよ。圓朝圓朝しっかり泳げ」
われもわれもと花火そこのけで、彼らは圓朝を声援しだした。
「いけねえ、こいつァよけいなことを言って、かえって圓朝に落を取られた」
苦々しげに顔見合わせる柳条、柳橋を尻目にかけて、圓朝はややしばらくその辺を泳ぎ廻り、もうよい時分とぐしょぐし[#「ぐしょぐし」に傍点]ょに濡れそぼけた縮緬浴衣のまんま、自分の船へ泳ぎつくと、
「おい、早く、そっちの浴衣を出してくんねえ」
舟べりでどうなることかとハラハラしていた美しい横顔へ呼びかけた。
「あい、あい。お前さんあの、これで」
スーッと立ち上がったお絲は濡れた浴衣をぬがせると、すぐに用意してあったもうひとつの寸分違わぬ首ぬき浴衣を、まだ体中水だらけの圓朝へと、ふんわり背中からかけてやった。
「剛気だな、オイ、圓朝って、あの素晴らしい縮緬浴衣、何枚持ってきてやがるんだろう」
「まったくだ、若えがど偉え度胸っ骨だぜ。たのむぞ圓朝ーっ」
またしても八方の船から見物たちは、霰《あられ》のような拍手を浴びせた。もう柳条も柳橋もなかった。いや、さしもの大御所柳枝さえが、すでにすでに若い圓朝の前に、完全にその色を失って
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