はむかッとしたがしいて聞こえないようなふりをしていると、今度は、もうひとりの柳橋が、
「へっ、一張羅の縮緬浴衣を着ちらかして、水でもはねたらどうする気でしょう。縮緬という奴は水にあてて縮んだら、あしたの晩から高座へ出るワケにはいきやせんからなあ」
言うなりかっと舟べりへ、さもきたないものでも見たあとのように唾を吐いた。べっ、べっ。なんべんもなんべんも吐きちらした。そうして、いつまでもやめなかった。
たちまち圓朝はカーッとなった。体中の血潮が、グ、グ、グ、グ、と煮えくり返るような気がされてきて、
「コ、こんな浴衣は二十が三十でも俺んところにはお仕着《しきせ》同様転がってらあ。なあ、なあお絲」
言ったかと思うと、にわかに立ち上がって舟べりへ片足かけ、
エイッ。ひと声、もんどりを切ると、青々とした水中へ、ザブンとその身を躍らせた。
「やッ、身投げだ」
「身投げだ」
口々に数万の見物は驚いたが、やがて、真相が知れ渡ると、
「ちがうちがう、そうじゃねえんだ。落語家の圓朝が、洒落に飛び込んで泳いでるんだ」
「エ、洒落に泳いで。フーム、生白い顔をしてる癖に圓朝て意気な野郎だなあ」
「意気だ
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