りしゃなりと楽屋入りをしやがるたあ、なんてえチョボ一だ。そんなにまでして人気がとりてえという、了見方が情ねえじゃねえか。しょせんが芸人の子は芸人だ。親代々の芸人は根性からして卑しいや」
 こうもまた罵っていた。こうした悪口は、もちろん、圓朝の耳へも響いてきた。
 けれども、なんといっても相手は江戸一番の落語家――長い物には巻かれろと、圓朝はじっと歯を食いしばっていたのであるが、今宵ははしくも惚れたお絲と花火見物の船のなかで、その大敵の柳枝と、水を隔てる真ッ正面に対面してしまった。お絲はなんにも知らなかったが、圓朝は早くから気づいていたので、いまだ二十代の血気な彼は最前からしきりに一戦挑みかけたい闘争意識が火のように全身に疼いてならないのだった。
 が、そうした事情を知る由もない船頭衆は押し合いへし合う背後の船を避けようため、かえって圓朝の屋根船を、問題の前方へとグイとひと梶すすめた。すすめてしまった。
 と、一番弟子の柳条が、
「ねえ師匠、どッかのお天気野郎が、ごたいそうな首ぬきの、縮緬浴衣を見せびらかしにきていやすぜ」
 聞こえよがしのお追従《ついしょう》を言った。
 とっさに、圓朝
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