た』
『ヘエ、お痛みでござりますか。けれどもまだまだこんなことではござりません。あなたのお脇差で、この左の肩から乳のところまでこう斬り下げられましたときの苦しみは……』
『エ、なに……』
 振り返って見ると先年手打ちにした盲人宗悦が骨と皮ばかりに痩せた手を膝にして、怨めしそうに見えぬ眼を開いて、こう乗り出したときは、深見新左衛門は酒の酔いも醒め、ぞっと総毛立って、怖いまぎれに側にあった一刀をとって、
『おのれ参ったか』
 と力に任して斬り付けると、アッというその声に驚きまして、門番の勘蔵が駆け出してきてみると、宗悦と思いのほか、奥方の肩先深く斬りつけておりました。
 深見新左衛門、宗悦の祟りでいよいよ狂う。
『累ヶ淵』の発端、また、明晩へ続かせていただきます」
 ぞっとするようなこの切れ場で、巧みに圓朝は話を切って、
「…………」
 あたまを下げたが、不世出の名人が一言一句に擒《とりこ》となったお客たちは、なおもしばらくは立ちもやらずボーッと座ったままでいたが、やがてドロドロと鳴り出した楽屋の果太鼓にはじめて我に返るとドーッと万雷の拍手をおくった。
「ありがとうございます。お静かにいら
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