っしゃいまし、お静かに」
客席の雑踏へ二、三度、声をかけると、ようやく高座を立って楽屋へ下りていったが、
「御苦労さまでございます」
「お疲れさまで」
口々に声をかける弟子のなかで、鳶《とび》のような口付きをした色の黒い勢朝が、
「師匠、お客さまですぜ」
「なに……お客様? 困ったな……」
チラッと涼しい眉をしかめて、
「……今夜は、芝の馬越さまへお招《よ》ばれなのだが、どなた様だ」
「ヘイ、それが、あの……」
なぜか勢朝が口ごもったとき、
「あら、師匠。私、勅使河原静江よ」
早くも楽屋の次の間から、眉の濃い目のパチリとした派手やかな顔のこの貴婦人は夜目にも白牡丹の花束のような厚化粧で金ぴかずくめの西洋服に、ボンネットとやらいう鍔広《つばひろ》の花帽子をかぶり、ラム酒の匂いをプンプンさせながら、艶かしく全身を屈らせて圓朝を迎えると、
「ねえ、ねえ師匠、私今夜どうしても師匠を離さないわよ。圓朝師匠は私のものよ」
けたたましく声立てて女は笑った。
「ねえ、師匠さん。今夜、約束だから、私と付き合ってくださいね。――表に馬車が待たせてあるんだから」
楽屋に隣る四畳半で、吊洋燈《つ
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