りランプ》の灯影に、勅使河原静江と呼ばれるその女は、行儀よく膝の上へ並べた圓朝のしなやかな手をツイと自分のほうへ引き寄せると、
「ね、いいでしょう。たまには約束を履行するものよ。師匠は文明開化の存在だから、おおいに女権を認めてくださるでしょう」
くずれるほどに濃い口紅の唇を圓朝の頬近くへさし寄せて言ったけれど、
「お断りいたします。今晩は、馬越さまのお邸へ先約がございます」
しずかに彼はその手をふりほどいて言った。
「まあ失礼な、そんなことお言いなら、私のほうの先約は、何カ月前からだか、わかりはしない」
「それは、あなた様が御勝手に独りぎめをなさったのでございます。静江様――」
キッパリ言葉をあらためて、
「あなた様は、かりにも勅使河原子爵のお嬢様ではございませんか。寄席の楽屋などへ馬車をお停め遊ばしてはいけません」
「アラ、私はお嬢様ではないよ。その日暮らしの出戻りだよ」
「いいえ、そんなことはございません。たとえただ今は御破婚のお身の上でも、やがては必ずよい日がおとずれて参ります。くれぐれも御自重なさらなければいけません。圓朝にはそんな浮気のお相手はできません」
「あら、なに
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