があるね」
 目と目を見合わせて二人は感心した。
「圓楽や……圓楽や……あの……花火は」
 奥からかすれた声が聞こえてきた。
「あッ、師匠だ」
「ウム、師匠だ」
「お目ざめらしい」
 どやどや三人は病床へ入り込んでいった。
 もう、すっかり眼が窪み、頬が落ち、眼のふちには黒い隈さえ縁取られて傷ましい「死」の影に蝕《むしば》まれた圓朝は、名声と地位とを克ち得てからなんの苦労もなく、一緒になった四十がらみの大柄のいかにも奥様奥様した妻女お幸に傍らから団扇の風を送られながら、しきりと蒲団の面へ荒い呼吸の波を見せていた。
「さ、師匠。今夜は川開きですぜ。綺麗な花火をお目にかけやしょう」
 立ちのまま言いながら圓遊は、高座で十八番の「すててこ」を踊るときのように、新しい手拭で鉢巻をし、尻を端折ると、最前の新聞紙をバサバサ開いた。――なかには、たくさんの線香花火が牡丹色と黄色と紫と朱でだんだらに絞られた細身の軸を横たえていた。
 素早くその一本をつまみ取って、圓朝の枕もとにあった煙草盆の火をうつすと、シュッと燃え上がった火勢は、間もなく酸漿《ほおずき》ほどの火玉となり、さらさらさっと八方へ、麻の葉
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