イ、圓太郎」
懐手《ふところで》をして立ったまんまの圓太郎を見て、今輔が声をかけた。
「ウム。そうしちゃアいられねぇンだ」
圓太郎は振り向きもしなかった。
「えれえ景気だな。掛け持ちがあるのか」
意地悪そうな目を、今輔が向けた。
「よしてくれ病づかせるのは。そんなンじゃアねえ。こちとら、貧乏の“棒”が次第に太くなり、振り廻されぬ年の暮れかなだ」
「じゃアちッともいい春でもなんでもないじゃアねえか」
今輔はいっそ馬鹿馬鹿しくなって、
「なら、なぜ、師匠ンとこへ小遣いをせびりにゆかねえンだ。稽古こそ日本一やかましいが、人一倍弟子思いの師匠だ。まして当時飛ぶ鳥落とす三遊亭圓朝師匠じゃアねえか。なにもクヨクヨしていることはあるめえ」
「ウウン。イヤだ」
圓太郎は首を振った。
「師匠からはもらいたくねえ」
「どうして」
「だって芸のことでウンと面倒を見てもらってるンだもの。このうえ、お銭《あし》のことまではいい出したくねえや」
「感心だなお前。いつどこでそんな了見を持ち合わせてきたンだ」
今輔はてには[#「てには」に傍点]の合わない顔をした。
「元からそうなンだよ俺《おいら》。こう見
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