なんだろうあの騒ぎは。まさかお八重ちゃんと俺が夫婦になるからって祝ってくれるワケじゃあるめえ。
「馬車だ、馬車だ」
「乗合馬車だ」
多くの人たちの声々が流れてきた。
「圓太郎。乗合馬車が通るらしいよ。私は一昨日煉瓦地で見た。お前さんはまたなにかの参考になるだろうから、サア早く茅町《かやちょう》の通りへ行ってごらん」
思いやり深げに圓朝は言った。トップリ暮れつくした師走の夜の屋根と屋根との間に覗かれる表通りの明るみを鳥瞰《みお》ろしながら。
開通万歳
圓太郎がギッチリ二列三列に詰まった人波のうしろへ立ったとき、ドッとまた浅草見附のほうでどよめきの声が起こり、プープープーと異国的な喇叭《らっぱ》の音色が、憂々たる馬車の響きと一緒に流れてきた。
思わずグビリと圓太郎は固唾《かたず》を呑んだ。冷たい夜風のなかから、甘い匂わしい黒髪の匂いがスーイ[#「スーイ」に傍点]と鼻を掠めてきた。
オヤ、傍らを見ると、
「……お八重ちゃん」
夜目にもクッキリ白い顔が、輪郭の美しさを見せて、大輪の花のように開いていた。
「アラ」
あわてて彼女はお辞儀《じぎ》をしたが、それッきりうつむい
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