がお前にぜひとももらってもらいたいと言ってるンだ」
「嘘だ、からかッちゃいけねえ。だってだって師匠そんな」
「イイエ、お八重はお前の芸に惚れている。芸のよさに惚れている。あの子はああいう勝気な女だろう。だから五分の隙もない、なにからなにまで気のつく男はかえってイヤだと言うんだ」
「…………」
「第一、ほかの落語家がヤレ簪《かんざし》だソレ櫛だとあの子の気に入りそうなものを買ってきては御機嫌をとるなかで、お前だけは八重になにひとつ言いかけなかった。そこをまたあの子はたいそうたのもしく思っているンだ」
「…………」
 言わなかったのじゃない。俺なんかとても資格がないと思ってはじめから言えなかったンだ。圓太郎は苦笑した。
「じゃアお前、お八重と一緒になっておくれかえ。不服はないねエ」
 シンミリと圓朝は言葉を重ねた。
「冗、冗談でしょう師匠。不服どころか、あッしはもう……」
 圓太郎はよろこびで身体中を汗にしていた。寝耳に水のうれしさでうきうきせずにはいられなかった。
「万歳――」
「万歳――」
 そのとき潮騒のように万歳の声が。つづいてドンズドンドン。花火がどこかで景気よく打ち上げられた。
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