「お前、鳥越のお松さんをお知りだろう」
 圓朝は言った。鳥越のお松は浮世節語りで、もう四十七、八の大年増。デクデクに肥って小金を貯めていると評判だった。
「お松さんならよく知っています」
「お前とは年が違いすぎるが亭主を欲しがってるということだから、話をしてみたら圓太郎さんなんかと断られてしまった」
 面白そうに圓朝は笑った。
 ヤレヤレ。あのデクデクお松に断られりゃ世話ァねえ。嘲るような笑いがおのずと圓太郎も口もとへうかんできた。
「それに新内のお舟。手踊りのお京。手品《づま》の春之助。いろいろ訊いてみたけれど、帯に短し襷に長しでねエ」
「…………」
 フン。どうせみんな先様からお払い箱なンだろう面白くもねえ。心のなかで圓太郎はふてくされていた。
「…………」
「ところがお前、捨てる神があれば拾う神がある。世のなかは面白いねエ。あの、ホラ、常磐津の文字捨ねエ」
 いよいよいけねえ。常磐津の文字捨は五十八だよ。
「あの文字捨に言われて気がついたンだけれど」
 なんだ、お捨婆さんじゃなかったのか。圓太郎はすこし安心した。
「お前、うちの、お八重と一緒になってみる気はないかえ。お八重のほう
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