ぽん太というのは蚊帳《かや》を着物に仕立て直し、その蚊帳の四隅の鐶《かん》を紋の代わりに結いつけてすましていた変わり者だった。
「幸いに今日のお前の失敗も、近江の殿様は下情に通じてお出だから、お笑いになって事がすんだ」
「…………」
アア、よかった。しんから圓太郎はホッとせずにはいられなかった。
「もう今日ッきりお前に前座同様のコマコマした仕事は言いつけないから安心して芸にお打ち込み。いいかえ。今月と言ってももう晦日《みそか》だから、正月の下席からお前は真打だ。両国の立花家で看板をお上げ」
「エ」
圓太郎は耳を疑った。真打に。この俺が真打だ。考えられないことだった。夢のような話だった。ありがてえ。自分から後光がさしてくるような明るい晴れがましい気持ちがされてきた。
「ついてはお前。真打が女房もなしでくすぶっていちゃウダツがあがらないよ。お神さんをお持ち。私がいいのを世話してあげよう」
圓太郎の顔を覗きこむようにして圓朝は、言った。いかにもこの弟子がかわいくてかわいくてならないという風情だった。シミジミその温かい師匠の心持ちが圓太郎の胸に流れ入ってきて、ジーンと目頭が熱くなった。
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