のこと
「お前のような馬鹿馬鹿しい奴をいつまで三下同様に追い使っていたのは私の間違いだった」
その晩、代地の家で圓朝はまだ青い顔をしたまんまの圓太郎を前にしてシミジミ言った。
「お前のような男は一人前の真打になってはじめて人間の馬鹿らしさまでが人からほめられる。こうやって三下《さんした》でくすぶっているうちはいつまでもいつまでも馬鹿扱いだ」
「…………」
「これは今の日本の国のことにして考えてみても同じだろう。たとえば、国民皆兵――」
言いかけて、ふと圓朝は口をつぐんだ。国民皆兵なんて漢語の意味の、とうてい圓太郎にわかるはずのないことに気がついたからだった。
「つまり国民は皆兵隊さんだというけれど、身体のそれに向かない人はてんでてんでの商売に精を出して、お国へ御奉公をするだろう。お前もそれだよ。前座二つ目のチマチマした修業はやめて、芸一本槍で血の汗を流してゆくよりありますまい」
「…………」
「まったくお前は生まれながらの落語家だ。することなすことひとつひとつがみんな落語になっている。ずいぶんいろんな弟子をおいてみたが、死んだぽん太とお前ほど奇妙な奴は初めてだ」
圓朝は笑った。
前へ
次へ
全36ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング