まい。すぐ近江様へ年忘れの芝居噺のお座敷にゆくンだ。いいかイ、私も着替えてくるから」
 言いつけたまま奥へ入っていった。
 まもなく支度のできた二人は、代地河岸の家を後にした。うやうやしく三つ扇の黒紋付を着た圓朝の後から圓太郎は、芝居噺の道具の入った大きな風呂敷を担いで両国橋を東へ。横網の近江様のお屋敷へと急いだ。△△侯爵邸を俗に近江様という、横網の河岸ッぷちに名物の赤い御門が見えていた。その赤門のくぐり[#「くぐり」に傍点]から圓朝主従は入っていった。
 案内を乞うと、用人がすぐ二人を楽屋にあてられた休息所へ連れていった。が、圓太郎はそこにオチオチしていられなかった。すぐ芝居噺の組み立てにかからねばならなかった。背負っていった大風呂敷を持って彼は、舞台のほうへ出かけてゆくと、定式幕《じょうしきまく》や野遠見《のどおみ》の背景や小道具の稲叢《いなむら》を飾りつけた。それからヘッピリ腰で欄間へあがると、またしても不器用な手つきで鉄槌を握って、今度は立木や灯入りの月や両袖などをトンカチンと打ちつけた。
 こんな高えところへあがってると目が眩んで、ガタガタ足がふるえてしかたがねえや。片手を柱
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