迫っていよいよお客はおかしがらずにはいられなかった。
……やがて花の山へかかってきた。番茶の酒盛――“お茶《さ》か盛”がはじまったい。発案者たる大家さんはひとりで気分を出して悦に入るが、長屋の衆はアルコール分がないから滅入るばかりだ。第一、ダブダブの茶腹には、春の日の風が冷たかった。ますます御恐悦の大家さんは一句詠めとおっしゃるけれど、ダ、誰がおかしくって。それでもやっとこさ誰かの一句詠んだのが、「長屋中、歯をくいしばる花見かな」。
ウヘッ、これじゃア詠まないほうがいい。そのなんともいえない馬鹿馬鹿しいなかに江戸っ子らしいやせ我慢なところが無類で、ここも圓太郎は上出来だった。お客は抱腹絶倒した。
……トド今月の月番先生、お茶ケに酔っぱらったつもりでクダを巻くので、よろこんだ大家さん、だいぶ御機嫌らしいがどんな気分だえと訊ねると、
「なにしろお腹ンなかはお茶でダブダブでしょう。大家さんの前だけれど、この前、井戸へ落っこちたときにそッくりでさア」
「…………」
ボソッと圓太郎が頭を下げて、オチといっしょに立ち上がったとき、ワーッと満座は最後の歓声を上げた。拍手と笑い声とでしばし鳴り
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