笑いの波だった。
 そのなかで、圓太郎はニコリともしないで、ムキになってしゃべり続けた。それがいっそう皆のおかしさをそそり立てた。
 演題は「長屋の花見」。
 例の貧乏長屋のひと団体が渋茶を酒に見立て、たくあんを玉子焼に、大根の輪切りを蒲鉾《かまぼこ》のつもりにした[#「つもりにした」に傍点]御馳走を持って、お花見に繰り出してゆく、そのおかしさを、ここを先途《せんど》と圓太郎は熱演しているのだった。
 まず今月の月番と来月の月番が汚いお花見の荷物を差し荷にして担いでゆくと、向こうからゾロリとしたものを着た若夫婦がやってくる。それを見つけた月番のひとりが、あの夫婦の着てる物は地味なくせに気のきいた本寸法のものばかりだ、たいしたもンだなアと感心したのち、ところで俺たち二人の着物はいったいいくらくらいの値打物だろうナと訊く。すると、もうひとりの月番が、「そうよなァ、まず二人でたかだか十二銭ぐらいのものだろう」とガッカリする。
 だが、そうしゃべっている圓太郎師匠その人があまりにもこの長屋の住人らしく、ほんとに十二銭ぐらいな汚《きた》な着物の汚な手拭、汚な扇子ときているから、気の毒みたいに真に
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