が、もう圓朝はなにごともなかった前のような顔をして、風雅な火桶に手をかざしていた。
「いいンだよ圓太郎。毎度のことだから、家はもう馴れているけれどもね。よそ[#「よそ」に傍点]様へうかがったときはお気をおつけよ。お前は人一倍そそッかしいンだからネ」
「申し訳ございません」
 圓太郎は自分で自分が怨めしくなっていた。穴があったら入りたい。ほんとにそうした気持ちだった。
「サ、御褒美だよ」
 二十銭貨が五枚、手をついている自分の前へバラバラ圓朝の声と一緒に落ちてきた。
「冗、冗談しちゃいけません師匠、失敗《しくじ》ったのに褒美てえのはないでしょう。そんななにもダレさせるようなことをなさらねえでも」
「ダレさせやしないよ。御褒美は嘘だけれど、実はその一円でお頼みがあるのさ。お前さん、元は大工だろう。ひとつ大工さんの昔に返って一斗|桝《ます》をこしらえてもらいたいンだ」
「一斗桝。ヘーエ、一斗桝てえとあの師匠、一升桝の十倍ですねェ」
「そうだよ」
「一升桝の十倍か」
 クリクリした目をつむってしばらく圓太郎は胸算用をしていたが、
「ヘイ、よろしうござンす。あしたの朝までに間違いなくお届け申しま
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