流れ出して、みるみるうちに鉄舟居士の半折がシーンと端から濡れていった。
「濡れる濡れる、早くどかしておしまい」
 さしもの圓朝が眉をしかめた。
「ス、すみません。でもだいじょうぶですよ師匠。ホーラ、ちゃんとこの通り持ち上げていますから」
 鬼の首でも取ったように圓太郎は、シッカリ両手で、土瓶のほうを差し上げていた。
「アラ違うわよ、土瓶じゃないのよ圓太郎さん。こっちのこの半折のほうなのよ」
 いつの間に戻っていたのだろう、ソソクサ次の間から走ってきたお八重が赤い襷《たすき》もかいがいしく、圓太郎を突き退けるようにしてビショ濡れの半折へ飛びついてゆくと、濡れた両端をソーッと持ち上げ、縁側まで持っていって、日に当てた。男勝りのクッキリした、横顔が朝日を浴びて、薔薇色にかがやいていた。
「すみません、申し訳ございません」
 が、肝腎の圓太郎のほうはまだ土瓶を差し上げたまま、いつまでもいつまでもあやまっていた。


  恋ごろも

「なんとも彼ともお詫びの申し上げようがございません。これからほんとに気をつけます。御勘弁願います」
 ひと片づけすんだのち圓太郎は、平蜘蛛のようになってあやまった。
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