わよ」
「ソ、そんなことだいじょうぶよ、お八重ちゃん。俺だってどうにかなるよ」
あわてて彼は手を振った。
「そう、ほんとにいいの」
「いいンだよ、じゃ明日の朝早くゆくよ。でも今夜のことお八重ちゃん、師匠には黙ってておくれネ。じゃ、さよなら」
ガラガラと格子を開けて、威勢よく圓太郎は表へ飛び出していった。路地の溝板がカチカチに凍《い》てて、月が青い冷たい光を投げていた。
路地の出はずれまで早足で行って振り返ると、格子につかまって見送っているお八重の白いクッキリした顔が小さく見えた。ゾクゾクするほど[#「ほど」は底本では「ほと」]彼はうれしかった。ことに今夜の心づくしを考えるとき、涙ぐまれるほどありがたかった。圓太郎は右手を上げて振ってみせた。
俺はお八重坊が好きなンだ――圓太郎はそう思った。あの女のもっているもののひとつひとつが、みんな血にかよう親しさ懐しさだった。
でもあの娘は俺みたいなドジ[#「ドジ」に傍点]なブマ[#「ブマ」に傍点]なまぬけな野郎に金輪際惚れてくれるわけがねえ、そう考えるとにわかに日が暮れたように寂しくなった。
しかたがねえ、高座は一人前以上でも常日頃の
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